松本




2011年07月17日


松本
今年の夏は前から行きたかった松本に行くことにしました。
松本はNHKのドラマ「おひさま」の舞台になって今が旬の町ですが、
だから松本に行ったというわけではありません。
前から松本に興味があったのです。

当日は朝早く(AM8:00)スーパーあずさで新宿を出て
一路松本へ向かいます。
予約して指定席を取ったのですが当日のアナウンスによると
指定席も満席だったそうで流石に夏の連休は大混雑です。
指定席が満席だと自由席が混雑していても
指定席に逃げられないから大変ですよね。
ところで小生の座った席は背もたれが壊れていて
寄りかかると寄りかかった分だけ背もたれが倒れてしまいます。
最大角度まで倒れてしまうのです。
この座席で二時間半はつらかったですね。
車掌さんに座席の不具合を報告しようと思いましたが
なかなか巡ってこなくて
ついに不具合情報をJRさんにアップできませんでした。
わざわざ言いに行くほど親切じゃないし。

そういうわけで、はなはだ疲れた状態で松本駅に着いたわけですが
気温の高さにもかかわらず
ホームに吹く風は湿気のないさわやかな風で
松本がすっかり気に入ってしまいました。
やっぱ夏は高原でしょ、って思いましたですね。

松本駅の改札口は大変な混雑で
この町が長野県有数の都会であることを思い出します。

大都会松本駅改札。
改札を出た正面に松本市観光案内所があります。
旅先では大体こういう案内所がありますので
ここで市内案内の地図などをいただくのが正解です。
不明な点は係の人に聞くと丁寧に教えてくれます。
ここでいくつかの市内案内をもらっていよいよ松本観光です。

駅には巨大なショッピングセンターや
松本の名産を集めたおみやげ屋さんが人気を集めていました。
旅の終わりにここでおみやげを買えばいいわけですね、買わないけど。
駅構内の柱にはNHKの「おひさま」のポスターが張ってありました。

井上真央さん、かわいいですね。

僕たちの泊まるホテルは「ホテルブエナビスタ」と言うところで
スペイン語で「絶景」という意味なのだそうです。
なぜスペイン語を使うのかは不明ですが。
まだ午前の早い時間なのでチェックインはできませんが
フロントに荷物を預けておくことはできます。
当方の氏名を名乗って荷物を置いて再び街に飛び出します。
せっかく松本に来たんですから
松本の空気をいっぱい吸い込もうというわけです。

松本の街にはタウンスニーカーと言う市内循環バスが走っています。
バスは松本城方面を走る北コース、
旧松本高校のある「あがたの森公園」方面の東コース、
南の方を走る南コース、
西に向かう西コースの四つのコースがあります。
それで最初に松本城を見に行くことにして
北コースのバスに乗ることにします。
車内では一日乗車券(500円)を買うことができます。

小さいけど快適なタウンスニーカー
これを買うと一日乗り降り自由というわけです。
いちどの乗車で190円ですから
三回乗車すれば元が取れるわけですね。
何よりいちいち切符を買わなくて良いのが嬉しいです。

国府町というバス停で北コースのバスに乗ると
ほんの少し走るともう松本城の正面の丸の内というバス停です。
これで190円はちょっと高い気もしますが
地理不案内なので仕方がありません。
丸の内で下車して松本城と書かれた石柱を目の前にすると
なんだか身が引き締まる思いです。
ついでにお腹が空いてきました。
これから登城するわけですからまずは腹ごしらえが必要なようです。
腹が減っては登城は出来ぬ、と言うわけです。
近くに「そば処やまが育蔵本店」という店があったので
ここで蕎麦を手繰ることにします。

美味しそうな店構え
やっぱり信州の蕎麦はうまいですね。
やまがさんはうちの蕎麦がうまいんだというかもしれませんが
やっぱり信州の蕎麦はうまいです。

おいしいおそばに大満足して店を出ていよいよ松本城に向かいます。
松本城は現存する日本最古の五重天守だそうで
築城は1593年頃なのだそうです。
松本城は内堀の内側だけでもかなりの広さでした。
砂利を踏みしめて歩いてゆくと暑さに体力を消耗するのが判ります。
松本駅に降り立ったときに感じた爽やかさは
既に微塵もなくて「松本って暑い!」という感想ばかりです。
それでも松本城に登るためお城に近づくと
入り口に行列が出来ています。

非常に美しい松本城。六万石には立派すぎる城ですね。
「松本城は混雑していますので見学には90分を要します」と言う
アナウンスが流れています。
びっくりしました。
それでもここまで来て松本城を見ないわけにはいかないので
列に並んで辛抱強く順番を待っていました。
列の前後の人たちもどうやらそんな人ばかりだったようで
皆我慢比べで列に並んでいます。
ようやく許されて城の中に入ってもよく見ると場内は
天守を目指す長い列が建物の中を蛇行して走っているばかりで
その歩みは亀のようです。
前の人が一歩進めば一歩、二歩進めば二歩進む、
前へ進むことが目的の大行列なのでした。
そのため館内各所に設けられた歴史展示などは
見ていると列に遅れてしまうため
鑑賞出来ずただ前の人の背中を見て列を乱さないことが肝要です。

その上時々巡ってくる一つ上の階に上るための階段の一段一段が
半端無く高く僕たちの進路を阻みます。
それでも列からはみ出すわけにはいきませんので
竹製の頼りない手すりにすがるようにしてやっと上って階上に進みます。
こんなのが6階まであるんですからたまりません。
あんまり急な階段のところには
安全係のおじさんが常駐して登る人の手助けをしていました。
全くよく事故が起きないと思うほどの急階段と混雑でした。

それでも、いやだからこそ天守に登ったときの爽快感は格別で
涼しい風と素晴らしい眺望をしばし楽しんだのでした。

天守閣最上階も大混雑です。
ところで一段一段が大落差の階段は降りるときにこそ牙をむくものです。
足で探りながらゆっくりと段を下りてゆくのは支えている足には相当な負担で
小生は不覚にも大腿四頭筋を傷めてしまいました。
最近ちょっと歩きすぎるとその夜足が攣る小生は
きっとまた夜にはベッドで足が攣るのだろうと思いました。
実際には攣らなかったですから少し足が強くなったのかなって喜んでいます。

階段をおおむね下りきると月見櫓を見学できます。
武門の象徴の天守閣には似つかわしくない
三方吹き抜けの風流な月見のための設備です。
部屋の外の回廊の手すりは朱塗りなんですから驚きです。
天下が太平になってから家光が来城するのに際して
増築したと聞きましたがこんなものを造っては
お城の防衛力は半減ですね。
いろいろ思惑あっての増築だったのでしょう。

大混雑の松本城を辞して今度は旧開智学校に足を伸ばします。
炎天下を歩いているとやっぱりずいぶん暑くて足も痛いし
どこかで休みたいと考えていましたら
ソフトクリームを売っている店を見つけました。
ソフトクリームは当たり外れの多い食べ物です。
むかし善光寺の仲見世で食べたソフトクリームは絶品で
舌が落ちそうでしたがそれよりあと鎌倉で食べたソフトクリームは凄くて
何ともいえないまずさで僕を圧倒しました。
しばらくソフトクリームを食べる気がしなかったほどです。
でも考えてみると小岩井農場で食べたソフトクリームも
倉敷のアイビースクエアで食べたソフトクリームも
おいしかったですからおいしい確率は結構高いんですね。
鎌倉でのたった一度の不幸な経験が
僕からソフトクリームに対する信頼を奪ってしまったのです。
それでもあんまり暑かったので今回もチャレンジをすることにしました。
ここのソフトはちゃんとおいしくて
小生は冷気と糖分を補充して元気を取り戻したのでした。
あと400メートルの表示に励まされて僕たちは旧開智学校を目指します。
歩き始めてすぐに足が疲れてしまいました。
5分休憩しても2分くらい歩くと疲れちゃうんですから問題ですね。
それでもがんばって歩いていくと
いかにも明治の文明開化な感じの建物が見えてきました。

瀟洒な旧開智学校
有名な明治のお雇い外国人建築家の
コンドルが建てたんじゃないかという感じの建物ですね。
この学校は藩校崇教館の流れをくむという話で
学校の一部は後に旧制松本中学を経て
名門松本深志高校につながってゆくのだそうです。
建物の内部はよく保存されていて教室や講堂などが往時を偲ばせます。
建築は東京で西洋建築を学んだ地元の大工だそうで
やっぱりコンドルの影響を受けているわけですね。
旧開智学校では青銅の文鎮を一つ買いました。
何か買って建物の保存に協力しようというわけですね。
微額の買い物で偉そうに!

バス停まで戻って北コースを利用して
中町通、縄手通りに回り込むことにします。
バスはエアコンも効いてるし
座席は窓の方を向いている観光客バージョンだしとっても快適でした。
ところがこのバスは駅でいちど止まってしまうらしくて
全員駅で降ろされてしまいました。
次の北コースのバスを待つしかないようです。
降りたバスのすぐ前に赤い水玉模様の
東コースのバスが止まっていました。

前が東コースのバス。後ろが降りたばかりの北コースのバス。
この水玉のデザインは松本出身の芸術家の
草間彌生氏のデザインらしいです。
大変落ち着かないデザインですが世界的に評価が高いのだそうです。
で、この東コースのバスに乗れば旧制松本高校に行けるわけです。
家人と二人の気ままな町歩きの僕たちは
迷わずそこにあった東コースのバスに飛び乗って
旧制松本高校に行くことにしました。
旧制松本高校と言えばあの有名な北杜夫大先生の通った高校です。
北杜夫先生と言えば小生が中学一年の時から私淑する大作家です。
僕は中学一年時に北杜夫(敬称略)の
どくとるマンボウ航海記を読んで読書の楽しみに目覚めて
中学生の3年間は朝から晩まで本を読んでいました。
僕の読書の幅は広く清濁併せ呑むというか、
どちらかというと濁が主になる読書姿勢でした。
うすうすそれに気づいていた父は
「本なんか読んでないで勉強しろ」といつも僕を叱りました。
懐かしい思い出です。

旧制松本高校は大正期の木造学校建築の様式を
よく残した国の重要文化財です。

校長室と教室の一部を復元して往時を偲ばせます。

隣接する旧制高等学校記念館は展示内容が充実して
今とは違う味わい深い旧制高校の学生生活を描写して
見るものを飽きさせません。

堂々たる旧制高等学校記念館
この記念館は施設の名前が示すとおり
松本高校のことばかりを研究しているわけではなくて
広く全国の旧制高校についての調査研究を展示しています。
それは当時旧制高校の置かれていた立場と
そこで学ぶ学生の純粋で奔放な生活の一端を
知ることが出来る素晴らしい展示でありました。
展示によると当時の高校生は勉強なんかしないで
哲学や色事に明け暮れていたんですからうらやましいことです。
自分もあんな青春時代を送りたかったと思いましたですね。
小生のような無知な人間には
全国の旧制高校について大変勉強になりました。

さて僕たちは朝からの強行軍でかなり疲れてきましたので
ここでいちどホテルに戻ることにしました。
バスでホテルに戻ってフロントでチェックインをします。
部屋で一休みをしたら疲れていたのでちょっと寝てしまいました。
それでも部屋にいたのでは夕食を食べ損なってしまいますので
近くの鰻屋の「鰻や観光荘松本深志店」という店に
夕食を食べに行くことにしました。
そうしたらその鰻屋は有名な店らしくて
順番待ちの人が列を作っていたんです。
僕たちはそれなら別の店にしようと考えてその場を離れました。
それで散歩がてら松本市の中心部と思われる
本町から中町に向けて食事どころを探しながらのんびりと歩いたのです。

中町あたりの街並み。
ところが歩いていても僕たちが望んでいるような雰囲気の店がないのです。
おそばはさっき食べたし夕食向きじゃないし
旅先でラーメンでもないし
焼き鳥とビールという気分でもないし
などと言っていては決まるわけがありません。
どうやら夕食難民になってしまったようです。
確か弘前に行ったときも同じような苦労をしましたですね。
「こんなことならさっきの店で待ってれば良かったね」と言う
家人の言葉に思わずうなづきます。

しばらく歩いてお腹が空いてきた僕たちは
街角に立ち止まって鳩首しました。
気を取り直して僕は最近導入した自慢のスマートフォンで
現在地の近くにある食事どころを検索し、
家人はバッグに忍ばせたガイドブックを調べました。
そうしたら家人は直ちに
現在地のすぐ近くに「桜家」と言う鰻屋を発見したのです。
喜び勇んでくだんの店に行ってみると
さっきの鰻屋よりも待っている人が多いような気がします。
それでも歩き疲れた僕たちはここで順番を待つことにして
30分後やっと鰻屋のテーブルにつくことが出来ました。
テーブルでさらに10分ほど待って念願の鰻を食べることが出来ました。
ここの鰻は関西風なのだそうですが
関東人の小生にも大変おいしく食べられました。
思いがけずのんびりとした夕方の散歩をしたうえに
関西風鰻にありついた小生は幸せな気分でホテルに帰るのでした。
ホテル内にはコンビニのような店はなくてちょっと不便でした。
階によっては自販機が置いてありました。
また階によっては
氷を貰える無料の自販機があったりして興味深かったです。
エレベータを下りたところにカード自販機と書かれた機械がありました。
売っているのが何のカードなのかわかりません。
でも部屋でテレビを見ていて気がつきました。
テレビの下に小さな機械が置いてあって
そこにカード挿入口があったのです。
どうやらここにカードを入れればいいらしいのですね。
そうすればきっといろいろな映画などが見られるものと思われます。
いえいえ僕はカードは買いませんでしたよ。

話は変わりますが僕はホテルの洋式の風呂(バス)がどうも苦手です。
あれじゃあ要するにシャワーだけですものね。
湯船に首までつかりたい僕は
ホテルに泊まるのは向いてないのかもしれません。
それでも疲れていたのでその晩はぐっすりと眠りました。
翌朝の朝食はホテル最上階のレストランでバイキングです。
朝のレストランはかなり混雑していてホテルが満室だったことを伺わせます。
外国人の方もかなりお見かけしました。
「松本に来て何をするのだろう。外国人が松本城を見ても判らないだろうに」
と思いましたが自分も見ても判らない
いわゆる猫に小判な状態なのを思い出して
理不尽な自分の感想を反省したのでした。
もう少し日本史勉強しなくちゃ恥ずかしいです。
あとで見たら僕たちの泊まったホテルブエナビスタでは
7月27日から7月29日まで第23回国連軍縮会議in松本
というのがあるのだそうです。
外国人が多いのはそのせいもあるのかも知れませんですね。
その後チェックアウトの後バスで駅まで送ってもらって
今度は駅のコインロッカーに荷物を預けます。
ここから二日目の松本観光がスタートです。

帰りの電車は松本駅午後2時49分の列車ですから
二日目はなかなかタイトな時間割です。
まずはバスに乗って昨日行った松本城に向かいます。
きのうは行けなかった松本城敷地内の
松本市立博物館を見ていこうというわけです。
松本市立博物館は大変見応えのある博物館で
松本地方に伝わる七夕の風習などきわめて興味深い展示でありました。
行ってよかったです。

そのあと中町で散策しながらいろいろな店をひやかしました。
途中でお昼時になったので「井say草菴別館」という蕎麦屋に入りました。
ここも大変おいしかったです。
やっぱり信州の蕎麦はうまいですね。
道に面して蕎麦屋や家具の店や食器の店やお菓子の店や、
いろいろな店が並んでいます。
どの店も趣向を凝らしていて面白い品揃えでした。
中町通を進んでいくと「はかり資料館」がありました。
ここは明治35年にはかり専門店として開いた
「竹内度量衡店」を松本市が資料館として
平成元年に開いたものなのだそうです。
繭の雌雄選別器など
見たことも聞いたこともないようなものもあって面白かったです。
ところで昨日からの疲れもあってここらで一休みしないと
これから駅まで歩くのはつらそうです。
二日目はバスの一日乗車券は買いませんでしたので
もうバスには乗らないつもりでした。
思い切ってバスに乗って駅まで戻るかどこかで休んで
さらに歩く元気を取り戻すかのどちらかです。
そう思って迷っていたらおしゃれな小さな喫茶店を見つけました。
入ってみるとテーブルが三卓ほどあって
後はカウンターの小さな喫茶店です。
マスターが一人でやっているのかと思っていたら
奥から奥さんと思しき女性が出てきました。
ここでおいしいコーヒーを飲んで元気を回復しました。

また歩き始めて今度は「時計博物館」を見学します。

とっても目立つ時計博物館。
時計博物館は地元の時計コレクターの本田親蔵氏の寄付した
時計の数々を元に市民からの寄付の時計も含めて
松本市が平成14年に開館したのだそうです。
数々の興味深い時計が僕たちを魅了しました。
その後は駅に向かいながらあちこちのおみやげ屋さんに
吸い寄せられて結局おみやげ屋さん巡りとなってしまいました。
「桃太郎本舗」や「開運堂」と言う店で
お菓子を買って何となく嬉しい帰り道です。
駅に戻ると今度は駅構内の売店で最後のお土産あさりです。
とはいえ荷物が重くなるのを嫌って
ほとんど買い物はしない主義なんですけどね。
悪い観光客です。
帰路は往路と同じに新宿経由で
山手線、東上線の経路で帰宅いたしました。
帰宅したのは夜7時前でしたから上出来です。

松本は想像通りの蕎麦と城と文化の街でした。
そして想像通りの行きたかった街を散歩できたのは嬉しいことでした。

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