飛騨高山



2008年08月13日


飛騨高山
長い間行きたいと思っていた飛騨高山行きを
8月11日、12日に遂に敢行しました。
高山と言うところは非常に山深いところであるにもかかわらず
歴史と文化に溢れる素晴らしいところと聞きます。
それに飛騨牛っておいしい肉もあるじゃないですか、じゅるっ。

ですから是非一度高山には行きたいと考えていたのです。
今回は決心したのが遅かったにもかかわらず
運良くツアーを購入できましたので
家人と二人で夏の高山を見て参りました。

高山はうちの方からはかなり遠い上にかなり行きにくいところです。
移動には東京から新幹線で名古屋まで1時間半かかって、
更にそこから在来線で2時間半という気の遠くなるような時間を要します。
それほど遠くないという意見もありますね。

ですから朝早く出かけないとお昼までに現地に到着しないわけですね。
僕たちは朝7時50分の新幹線でしたので
家を出るのは朝6時、つらかったです。
新幹線でうとうとして名古屋に着いたら
急いで飛騨高山行きの在来線に乗り換えます。
乗り継ぎ時間は決して余裕のある時間ではなくて
のんびり写真など撮っていると置いて行かれそうです。

豪華、飛騨5号車内

急行飛騨5号の座席に納まってやっと人心地つきます。
ところでこの飛騨5号、走り始めて違和感を感じましたのは
背中方向に走っているんですね。
不思議に思っていたら途中の岐阜駅で進行方向が変わるので
最初だけ逆方向に走りますという案内がありました。
それにしても逆方向に進むというのは変な気分ですね。

両側に山また山の車窓風景が約二時間半続いて
いい加減飽きた頃列車は高山に着きました。

堂々JR高山駅

高山駅について見ると思いの外夏の日差しが強くて
高原の涼しさがあるのかと思っていた身としてはかなり意外でした。
高山でもやっぱり夏は暑いのでした。
もっとも旅館の人に聞くと地球温暖化の影響か
以前よりは暑くなっているとのお話でした。

高山駅近くのコンビニで荷物を預けて
飛騨高山美術館行きのロンドンバスに乗ります。

誰でも見れば乗りたくなる真っ赤なロンドンバス
このバスは昔実際にロンドンで使用されていたものを
この地に運んで美術館が来館者の送り迎えに供しているもののようですが
外見のかっこよさとは裏腹に乗ってみると暑い暑い!

おしゃれなロンドンバスも内装はかなり質素です
窓はほぼ全てがはめ殺しの構造なので
温室の中にいるような状態で市内を巡回するのです。
トラウマになりそうな暑さでしたね。

美術館は非常に素晴らしい展示でした。
ルネラリックのシャンゼリゼショッピングアーケードの噴水をはじめとする
ガラス工芸品の数々や
エミールガレ、ドーム兄弟やモーリスマリノーなどの
有名な芸術家の素晴らしい作品群など
多くの人の素晴らしい作品が展示されています。

鄙にはあり得ない感じの超ハイセンスな高山美術館
特にガラス工芸が好きな人にはたまらない美術館であります。
帰りに寄った併設のティールームのケーキは絶品でした。

次いでそこから少し歩いて飛騨の里と言うところに行きました。

まるで今もそこに生活があるような飛騨の里
ここは古い民家や生活用具などを展示して
昔の生活を偲ぶ施設でありまして
農家育ちの小生には一部懐かしい道具なども見られて
興味深かったです。

初期型合掌造りか
また前から見たかった合掌造りの建物も混在して
その内部の見学も出来たのでした。
一つ一つの建物は非常に床面積が広くて
どの家も豪農の建物であることが想像できました。

一軒一軒が大きいです
豪農の家でなければ安普請でどんどん壊れていたでしょうから
このような文化財のはなりにくいと言うことなのでしょうね。

帰り道は普通の路線バスを見つけて
空調付きのバスで駅まで帰ることが出来ました。
ところで、飛騨の里に着いたあたりから気がついたのですが
外国人観光客が妙に多いのですね。
それも彼らの会話からは英語だけではなくて
フランス語やスペイン語と思われるような言語も聞こえてきます。
高山の国際都市ぶりには驚いてしまいます。
外国人が高山を見て楽しいのでしょうか、少し不思議な気分なのでした。
日本の古民家に興味があるのですね。

市内に戻った時点で時間が少し余ったので
その日のうちに市内も少しだけ見たいところを回ることにしました。

駅から歩けそうなところで飛騨国分寺に行ってみることにしました。

飛騨国分寺本堂
あの聖武天皇が号令して日本中に国分寺を建てた時のお寺ですね。
高山の国分寺は757年、行基によって創建されたそうです。
高野山真言宗のお寺なのだそうです。
本堂は消失再建を繰り返した後の16世紀末頃の再建のようです。
またここには立派な三重の塔が建っていて見応えがありました。

国分寺三重の塔
三重の塔の方も建てたり壊れたりして
現在のものは1820年再建のものなのだそうです。
どこのお寺も焼失したり再建したりして今に至るものが多いですね。

そこから更に5分ほど歩いて春慶会館と言うところに行きました。

春慶塗の殿堂、飛騨春景会館
これは飛騨春慶塗の会館でありまして
いろいろな春慶塗の展示があって面白かったです。
春慶塗というのは木に透き漆をかけるのだそうで
木が琥珀色に輝き美しく仕上がるのだそうです。
なるほど春慶塗の器の数々は大変美しいものでした。
ここでバターナイフとペーパーナイフ、箸置きなどを購入しました。

そのあともう一足のばして
目的地の旅館「緑風苑きよはる」まで歩きました。

豪華和風旅館、「緑風苑きよはる」
数年前からの趣味のまちあるきのおかげで
1キロくらいの距離を徒歩で移動することに抵抗を感じなくなっていまして
もう一足、もう一足と歩くうちに相当な距離を歩いているものと思われます。
今度一回測ってみたいものです。

旅館に着いてからはまずは入浴を済ませて浴衣に着替えて
部屋で夕食を頂きます。
グルメではない小生には食事のことはよくわかりませんが
山深い里の特徴なのか全体に濃いめの味付けのようです。
小骨の固まりのような川魚の塩焼き以外は美味しく頂きました。

夜は非常に蒸し暑くて寝苦しかったです。
夜半に起きて一人で瓶ビール一本あけちゃいました。

翌朝は早めの朝食を済ませて
旅館のこしらえたガイド付き市内循環バスに乗ります。

これであなたも高山通、わかりやすい高山案内
バスは駅によって僕たちは駅のコインロッカーに荷物を預けます。
運転手兼ガイドの30代とおぼしき青年が高山の歴史を取り混ぜながら
説明してくれるのですがこれがわかりやすくて
彼の講義を聴くだけで高山博士になれそうな勢いです。
素晴らしかったです。

バスは終点の屋台会館で僕たちを降ろします。

八幡様も大変な迫力です。建築の巧緻さが飛騨の国の文化度の高さを感じさせます。
高山祭り屋台会館は飛騨高山桜山八幡宮の境内にあります。
屋台会館は高山の春の祭りと秋の祭りの際に出される
豪華な屋台を展示してある建物ですが
その豪華さは尋常ではなくて歴史のある飛騨の匠の技を
余すところ無く表出したものであるわけなんですね。

豪華な屋台の展示。車輪部分にまで漆を塗ってある超豪華版です。

屋台会館の隣にある桜山日光館には日光東照宮の
諸建築物の10分の1サイズの精密な模型が作られていて
見るものを驚嘆させます。
もう少し明るく展示してくれればもっと見やすかったですが照度の暗さは
いかにこの模型が大切にされているかの証明でもあるわけですね。
ちなみにこの模型は大正時代に
15年の歳月をかけて作られたものなのだそうです。

ところで僕たちは
ガイドブックなどを参考にこれから回るところを考えていましたが
ガイド氏が高山に来たら必ず高山陣屋を見なくてはいけない
これだけは見ていくべきだと強く主張するので
彼の薦めを入れて早めに高山陣屋を見ることに計画変更をしたのでした。
高山陣屋は急いでみても1時間、
ちゃんと見ると3時間かかるという話ですので
そのつもりで覚悟を決めて見なくてはなりません。

それで僕たちは途中
高山昭和館に寄り道をしたほかほとんどどこにもよらず
上三之町の面白そうな店が建ち並ぶ
「古い町並み」も飛ぶように通り過ぎて
一路高山陣屋を目指したのでした。

高山昭和館。あっ、あれ知ってる、これも見たことある。
子供時代に引き戻されたような感触が味わえます。高山でこんな施設に出会うとは。

古い町並みには立ち寄りたくなるようなお店が沢山あって
「ああいう店を楽しむために高山に来たのではなかったのか
脇目もふらず陣屋を目指していて良いのか?」という疑問が
わき上がったのも確かです。


有名な古い町並み。高山のイメージはこれですね。


高山陣屋門前。
いずれにしろ僕たちには時間がありませんので
陣屋も大急ぎで見学します。
急いでも1時間とのはなしでしたが
僕たちは驚異の30分見学でありました。
ちょうど読めない漢字はとばして本を読む感じですね。
それでも幕府直轄の天領時代の郡代の
贅を尽くした暮らしぶりが垣間見えたような気がします。

元々高山は秀吉の命を受けてここを攻め落とした金森長近の
金森家が治めていましたが1692年に天領となり
以後明治維新まで天領でしたので
それまでずっとこの高山陣屋が使われていたわけですね。
なお、高山は普通の代官ではなく郡代だったので
そのぶん格が上だったとのお話でした。

陣屋を超高速で見終えた後僕たちは
早めの昼食をとることにしました。
パンフレットに載っている有名なステーキハウス「キッチン飛騨」で
飛騨牛のステーキを食べたくて地図を頼りに行ってみました。

憧れのステーキハウス飛騨。
そうしましたら既に10人ほどが席が空くのを待っている状態で
40分くらいの待ち時間だと言われました。
40分あれば町を少し散策できそうです。
予約表に名前を書いて一度街に出ることにしました。

それでさっき駆け足で通り過ぎた昔の町並みを歩いてみることにします。
そこで昨日から気になっていた「さるぼぼ」を一つ買うことにしました。

かわいいさるぼぼ。
「さるぼぼ」はこの地方の親が子供に与えたおもちゃ兼お守りですね。
「猿の赤ちゃん」くらいの意味のようです。
いくつか店を冷やかしているとそろそろ時間のようですので
再びさっきのキッチン飛騨に向かいます。
あっちへ行ったりこっちへ行ったり能率の悪いことですが
旅先の不便は仕方のないことでありますので
これもまた楽しみと考えましょう。

キッチン飛騨に到着するとちょうど次は僕たちの番でして
少し待つと順番がやって参りました。
いよいよ憧れの飛騨牛が食べられるわけです。
いやあ、おいしかったですね。
良い肉をレアで食べるのは本当においしいものですね。
肉はあくまでも軟らかく口の中で溶けるようです。
ウエイターが
「最初の一口はたれをつけないでそのまま食べてみて下さい」
と言っていましたが、宜なるかな肉の味がすばらしくて
全部そのままで食べても良いくらいでした。

おいしいおいしいステーキに満足してお腹をさすりながら歩く僕たちは
そのまま駅に向かう道を歩いていました。
少しどこかで休みたい気分です。
コインロッカーから荷物を出して
駅舎内でベンチに座って一休みしました。
僕たちのように歩き疲れた旅人たちが皆駅舎に集まっていて
駅のベンチは満員でした。

しばらくしたら時間が来て
僕たちの乗る名古屋行きの列車の時間になりました。
いよいよ帰路につくとなると高山の駅を離れるのが惜しくなりましたが
早く冷房の効いた車内で柔らかい椅子に座りたい気持ちも強くて
列車に急いで乗り込みます。

ところで座れないのが怖くて指定席をとってあった僕たちでしたが
座席に行ってみるとなんだかモワッと暑いのです。
不審に思って風の吹き出し口に手を当ててみると
冷房どころか暖房のような空気が吹き出しています。
車掌さんにクレームをつけると車掌さんも困っていたようで
「4号車のお客さんは自由席の9号車に移って下さい」と言うではないですか。
ええ?座れなかったらどうするの?と思いながら9号車に行ってみると
それは杞憂で9号車はがらがらなのでした。
これなら最初から自由席のチケットでも良かったのね、と
嬉しいような悔しいような気分なのでありました。
結局そのまま僕たちは自由席の客となって名古屋まで行ったのでした。
まあ、座れたからいいんですけどね。

名古屋では乗り継ぎ時間にしては十分すぎる時間をとってありましたので
駅周辺を少し歩き回ることにしました。
最近の名古屋の駅前の開発は凄いものがあります。
JR東海名古屋駅の駅ビルは「JRセントラルタワーズ」と言うそうで
54階建て、駅ビル世界最高の245mの高さなのだそうです。

名古屋駅のシンボル「JRセントラルタワーズ」
また駅前にはミッドランドスクエアという247mの
中部地方最高のビルも建っています。
他にもいくつかの超高層ビルが建てられて
一昔前の名古屋駅前とは明らかに違ってきています。

時間がとれたのをいいことに僕たちはミッドランドスクエアの展望室
「スカイプロムナード」に行ってみました。
駅周辺以外に高い建物が少ないため見晴らしは非常に良くて
濃尾平野を一望できるいわゆるヘリコプタービューを堪能できました。

スカイプロムナードからの眺望、中央に見えるのは言わずとしれた名古屋城。
駅に戻って金の時計と言われる時計が建つ
いわゆる高島屋エスカレーター前を見学し
周辺の商店密集地区を見て回りました。

金の時計。以前はここに名古屋城模型などがあったそうです。ありそうですね。

それでも時間が余ったのでと言うよりも疲れてしまったので
駅の待合室で時間を調整して新幹線を待ったのでした。
帰りの新幹線は今評判のN700系でありまして
快適な乗り心地を堪能することができました。
東京駅からは山手線、東上線と乗り継いで
夜の11時に家に着くことが出来ました。
ああ、疲れた。

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